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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)925号 判決

事実

訴外T・W・TOM有限会社は、昭和二十九年十月一日、受取人を訴外張雲良とし、金額百万円、支払期日白地の約束手形一通を振り出したが、受取人張雲良は直ちにこれを被告友銘に、被告は直ちにこれを訴外張方瑞に、同人は直ちにこれを佐藤由蔵に順次裏書して、佐藤がこれを取得し、振出人会社及び裏書人三名は、支払期日の白地補充権を最終被裏書人佐藤に授与した。佐藤は昭和三十二年十二月十二日、支払期日を同年同月十四日と記載して、これを原告有海正朔に裏書譲渡し、原告は、所持人として支払期日に支払場所にこれを呈示したが支払を拒絶されたので、拒絶証書を作成した。よつて原告は手形遡及権に基き、裏書人たる被告に対して手形金百万円及びこれに対する年六分の利息の支払を求める、と主張した。

被告は原告主張の事実をすべて否認し、本件手形は支払期日の記載を欠く不完全手形であつて、一覧払手形とみなすべきところ、一年内に呈示がなかつたので、仮りに佐藤が所持人であるとしても、本件手形上の権利を喪失したものである。仮りに、原告主張のとおり白地手形であつて、佐藤に対する白地補充権の授与があつたとしても、特約として、佐藤が補充記載すべき支払期日は、振出人たる訴外会社が営業活動をしている時期内たるべき旨合意されたのである。しかして、仮りに原告が、佐藤より白地補充の上本件手形の裏書譲渡を受けたとしても、佐藤は、訴外会社が昭和三十年六月支払停止となり、同年七月二十日解散し、同年八月十七日その旨の登記を経た後において、右事実につき悪意で原告に裏書譲渡し、原告もまた、佐藤のため被告らの人的抗弁を切断してこれが取立の目的をもつて、悪意で譲渡を受けたものであるから、被告は原告に対し悪意の抗弁を主張する、と抗争した。

理由

原告は、本件手形の支払期日欄は白地であつて、その補充権は、振出人及び被告を含む各裏書人らから取得者佐藤に授与されていたものであると主張し、被告は、支払期日の記載を欠く不完全手形であつて、一覧払手形とみなすべき完成手形であると抗争するのであるが、証人佐藤申蔵、同張方瑞の各証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の右主張事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中、補充に関する合意が佐藤と張雲良の両名間に成立したものであるかのような供述部分は措信できない。

次に被告は、仮りに本件手形が未完成の白地手形であるとしても、その支払期日の白地補充は、予めなした合意に違反しており、原告は悪意の取得者であると抗争するので、この点について判断するのに、証拠を総合すれば、佐藤は本件手形取得後、昭和三十二年十二月十二日頃に至り、支払期日を昭和三十二年十二月十四日と補充記入して、本件手形を原告に裏書譲渡し、原告は、所持人として右支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたので、支払拒絶証書を作成したことを認めることができる。

しかして、佐藤のなした右白地補充が、佐藤及び被告間に予めなされた合意に違反しているかどうかについてみるのに、被告は、「佐藤が補充すべき支払期日は、振出人たるT・W・TOM有限会社が営業活動をしている時期内たるべき」旨の合意があつた旨主張し、被告本人尋問の結果中には、右主張に合う供述部分が存するけれども、右供述は弁論の全趣旨に照らして到底措信できず、他に右主張を認むべき証拠はないのであつて、むしろ他の証拠によれば、白地補充に関する合意の内容はT・W・TOM有限会社は当分支払能力がないから、その実質上の共同経営者である張雲良、被告及び張方瑞の三名が爾後それぞれ独立して、商売をするにつき、各自本件手形裏書人としての責任を負い、各自の経営が好転したら支払う。佐藤は、右三名につき各自の経営が好転し本件手形金の支払が可能となるまで猶予し、その時期を適当に判断して支払期日を補充する」というに在つたことが認められるのであるが、前記認定の補充された昭和三十二年十二月十四日なる支払期日当時において、事態を被告についてみるのに、本件手形金百万円の支払を可能とするに足るだけに十分好転した事業を未だ経営するに至つていなかつたこと、これについての佐藤の判断が適当を欠くものであつたこと、について本件全立証中その確証とすべきものはない。戓いは進んで、被告の事業が全く好転の見込を喪失し、その意味において合意の意味する不確定期限が既に到来していたものか否かについての確証もない。してみると、佐藤のなした白地補充が、予めなされた合意に違反していたことについては、結局確証がないことに帰する。

のみならず、合意違反について、原告が悪意の取得者であることについても、本件全立証中に、これを認めることのできる証拠はない。原告本人尋問の結果中には、原告が或いは右合意を了知して本件手形を取得したかと思われる筋がないでもないが、佐藤の白地補充が合意違反であることの悪意については、これを認めるに足る供述はない。

従つて、被告の抗弁は到底採用するに由なく、被告は原告に対して本件手形金百万円及びこれに対する支払済までの遅延利息を支払う義務があるというべきであるから、原告の本訴請求は理由があるとしてこれを認容した。

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